ヒトラーの最後!なぜエヴァを隠したのか?フシギな話

ヒトラーのたった1日だけの妻となったエヴァ・ブラウンに同情してた、最後の真実に気づくまでは・・・

「ヒトラーの最後が知りたい!」
「エヴァ・ブラウンってどんな女性だった?」

そんな疑問を持つ方に向けた記事になります。(2020/09/02 更新)

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  1. ヒトラーの最後!なぜエヴァ・ブラウンを隠したのか?
  2. エロい目で襲う、”ガン見のアドルフ”
  3. アドルフを愛した女性、エヴァ・ブラウン
  4. 衝撃のラスト

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ヒトラーの最後!なぜエヴァ・ブラウンを隠したのか?

青いシルクドレスを着た幸せいっぱいの花嫁と花婿、でもそこは華々しい笑顔があふれた協会での結婚式などではなかった。
祝福の拍手喝采の代わりに大砲の砲撃音や、戦車の走行音が鳴り響く、総統官邸地下壕での出来事でした。
1945年4月29日未明、アドルフ・ヒトラーはひとりの女性と結婚。
彼女こそ、アドルフを心から愛した女性、エヴァ・ブラウン。
出会いから15年、念願のヒトラー夫人となったエヴァは幸せだったかもしれない。
そして翌日、1945年4月30日、青酸カリの服毒自殺により死んだ。
ちなみにヒトラーの最後が拳銃自殺ってのは嘘で、本当は一緒に青酸カリを飲んだ服毒自殺でした。
なぜ、ヒトラーは最後までエヴァ・ブラウンを国民から隠したのか?実はかなり衝撃的な事実が判明してんのよね・・・

エロい目で襲う、”ガン見のアドルフ”

エヴァは元々、アドルフ・ヒトラーの専属カメラマン、ハインリヒ・ホフマンのモデル兼助手してたみたい。
1929年10月、17歳のエヴァはホフマンのスタジオではじめてヒトラーと出会ったんだって。エヴァにとって「おかしな口ひげを付けた中年紳士」というのが最初の印象だったよう。

ヒトラーはエヴァに一目ぼれだったようで、エヴァは自分の脚に、アドルフの視線がくぎ付けになっているのに気付いたんだって。

エヴァ・ブラウンの美脚をガン見するヒトラー!歴レポBlog
ガン見のアドルフ

あの顔でガン見はほぼ犯罪だろうね。アドルフはホフマンと3人での食事中でもエヴァを見つめっぱなしだった。
ガン見のアドルフ“はエヴァをドライブに誘ったりしたが拒否されたそうで。
まぁ、あの顔でガン見されたあとだと世界中が納得ですね?
でもあきらめない、”ガン見のアドルフ“はエヴァを何度もデートに誘うことになり、根負けしたエヴァは付き合うようになったみたい。
一回断れたくらいで諦めるのは早いってことね?
エヴァは最初ヒトラーを全く知らず、ホフマンから政治家だと聞いてはじめて知ったみたい。
両親はヒトラーにあまり良い印象を持っていなかったようなんだけど、 エヴァは逆に興味を抱いた。
結局、”ガン見”が功を奏したようで。
これから彼女を作りたい方は参考に!
1932年頃、エヴァは身の回りの世話を名目にヒトラーと暮らすようになり、ベルヒテスガーデンの近郊の山腹、オーバーザルツベルクという田舎町の山荘に居住してた。 寝室や浴室はそれぞれバラバラに用意してたみたい。
末期の総統官邸地下壕での生活時もこれは同様だったみたいね?
気難しいところがあったみたい。
ところでヒトラーは一途ではなく、英雄、色を好むということでいろいろと噂はありました。
とくにレナーテ・ミューラーという女優とは恋仲だったらしく、 エヴァは彼女への嫉妬に苦しんだという。
エヴァのアドルフへの深い愛情が、彼女を拳銃自殺に走らせたんだけど、銃弾は頸動脈あたりでとどまり、未遂に終わったみたい。
それ以降、ヒトラーは他の女性との交際は控えたんだって。
この時期、1933年、1934年とヒトラーは首相就任、総統就任となり、かなり忙しい時期でした。
またヒトラーは女性票が多く、結婚しないことこそ、票獲得につながると信じており、エヴァの存在を知るものは山荘の側近のみだった。
また彼女こそ、彼の信条を根底から覆す存在でもあったのよ。

アドルフを愛した女性、エヴァ・ブラウン

バケーションを楽しむエヴァ・ブラウン。これはアドルフ・ヒトラーの視線かもしれない
何も知らないエヴァ・ブラウン

エヴァは1935年5月、睡眠薬を飲んで2度目の自殺を図る。
ただ飲んだ薬が危険性の少ないものだったので命の危険はなかったみたい。
このころ、ヒトラーは多忙を極め、 エヴァのもとを訪れる機会はめっきり減ってたのね。だから、これは寂しさからの狂言ではなかったのかと言われてるのよね? 彼女の両親はエヴァに帰るよう手紙を書いてる。
ヒトラーに娘を返すようにと。
しかしエヴァは彼のもとを離れることはなかった。
彼女がいたオーバーザルツベルクはナチス専用の保養地となって外交や、政治の舞台となってたんだけど、エヴァがおもてに出ることはそれでもなかったようね。
またエヴァ自身も政治には全く興味がなかった。
ヒトラーは自身と関係ある女性とはみられたくなかったようで、極力、エヴァをおもてに出すことはなかった。
1945年3月、ヒトラーの最後が迫っていた。
エヴァはヒトラーの反対を押し切って、山荘からミュンヘンへ移り、4月初旬に戦火の中にあるベルリンの総統官邸地下壕へ入ったの。
このときすでに戦況はかんばしくなく、ベルリンは危険でした。
ヒトラーがこの状況でそばへこようとするエヴァをやめさせようとしたのは当然だろうね。
この年の1月からベルリンの総統官邸地下壕で指揮をとらざるを得なかったヒトラーのそばで、少しでも心の支えでいようとするエヴァは、 ヒトラーの側近にその決意を話してた。

「奇跡が起こらなければ、死が最後の逃げ道になるでしょう。そのときには法的な妻としてあの方と一緒に死ぬことを、 わたしは心から望んでいる」

(エヴァ・ブラウンより)

アドルフは、エヴァが喫煙したり、他の男性とダンスするのを禁止し、束縛してたみたい。本気だったんだね。
ヒトラーは部下のゲーリングに「エヴァは私にとって生涯の女性だ。戦争が終わったら引退してエヴァを妻にする」と言っていました。
戦争中、ヒトラーは毎日エヴァに電話していたことも秘書の証言で判明してる。
1929年、はじめてエヴァに出会ったアドルフは、ひとめぼれだったんだって。
それは乳がんで亡くなった母と似た目をしていたからだと言われてる。
1907年12月21日、がんの痛みに苦しむ母のベッドのそばの長椅子で片時もそばから離れなかったアドルフ。
47歳で死んだ母クララのそばで号泣してた。
医者のブロッホはヒトラーほど深く悲しみに打ちひしがれた人間をみたことがなかった」と証言してる。
そんな彼を何が悪魔に変えさせたんでしょうね?

衝撃のラスト

1945年4月29日、総統官邸地下壕で結婚式が行われた。
世間から隠されたエヴァがずっと心待ちにしていた結婚。
ずっと想像していた結婚式とはだいぶ違っていたはず。
それでも心躍るエヴァを想像できるものが残ってる。
それはこの時ふたりで署名した結婚証明書。
エヴァはこの書類に署名した際、Eva B・・と書きかけて、 エヴァ・ヒトラーと署名し直したみたい。
慌てて書き直したエヴァのおちゃめな様子が目に浮かぶ。
エヴァは地下壕でブラウン嬢と呼ばれてたんだけど、 「もう、ヒトラー夫人ってよんでくれていいのよ」と嬉しそうに周囲に声をかけていたとか。
ヒトラーは国民に、「自分はドイツと結婚した」と宣言してた。そんな言葉をエヴァはどのように聞いていたんだろうね?
エヴァは第二次世界大戦中、映画鑑賞や、恋愛小説、友人たちとの食事を楽しんでいたことが日記から読み取れます。
どこにでもいる普通の女性でした。
そんなエヴァはアドルフとどのような結婚生活を夢見てたのか?
ヒトラー夫人とよばれたエヴァはその時、どのような気持ちだっただろうね?
それは15年待ち続けた、たった数時間だけのエヴァの幸せな結婚生活だったに違いないよ。
戦後ソビエト連邦につかまったヒトラー専属のパイロットの証言により、

エヴァはこのとき妊娠していたということがわかってる。

そんなエヴァはどんな想いで青酸カリを飲んだのか?
生れることのない子供への謝罪だろうか?
それともアドルフと添い遂げる誇らしい気持ちかな?
今となっては、知るすべはないんだけど。
アドルフを愛した女性、エヴァ・ヒトラーはその愛を宿した、人生のハイライトで青酸カリに身をまかせたの。
2014年、エヴァが使用していたブラシから採取した髪の毛がDNA検査にかけられた。ヒトラーが最後まで隠したかった秘密。
それはエヴァがユダヤ系の女性という驚愕の事実でした。

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